本年もありがとうございました。

来年もどうぞよろしくお願い申し上げます。 Topophiliは今日が殆ど仕事納めです。 身体仕立ての方はご来店のお客様は本日が納め、出帳のご依頼のお客様は30日で納めになります。 今年は多くのことを始め、試してはまた進んでとコロコロコロと面を転がしながら少しずつ大きくする雪玉のように育ててきた一年でした。 来年はこの雪玉をまたコロコロコロと転がし、小さいながら子供の雪だるまを作れるのでは?と感じています。 まだまだ至らぬことの多いわたくしどもですが、雪だるまを作り見てくださる人に微笑んでいただけるような 仕事をこれから益々精進してまいりますので何卒宜しくお願い致します。 皆さまにとりまして新年が輝かしい年になりますようお祈り申し上げます。 トポフィリ 一同

「聖夜の明かり」

メリークリスマス。 幼い時にサンタクロースはおり、それはいつしか両親だと知るのですが、これほどまでに子供に夢を与えるできごとは無いのではないでしょうか。 贈り物、美味しい食事、装飾、テーブルの上のキャンドル。 ささやかでも、60億人ほどの人々の多くが聖夜を意識して過ごす日と思います。 そして形のある物ではなくて、優しい言葉をかけたり、相手を気遣ったりすることも、温かな明かりのように 灯すことができます。 誰かのサンタクロースになるのもいかがでしょうか。

記憶に残る音楽

今夜は友人が久し振りに渋谷でライブをされるとお誘いをいただきましたので喜んで出かけて行きました。 彼女のライブに伺うのは2回目ですが、とても綺麗な澄んだ声が魅力で、初めて聴いたときはとても感動しました。 今回は発売されたCDなど数枚買い求め帰宅しました 歌を歌っている姿をライブ会場やコンサート会場など体感すると、歳月が流れてもその時の音楽を聴くとその場にいた時の自分の気持ちや空間、過ぎた時間が全てが蘇ってきます。 音楽が記憶と一緒にまさにトポフィリになっている、そんな感じです。 日々の暮らしでそんなトポフィリになる音楽がたくさんあること、空間までも幸せに感じさせてくれますね。 皆さんは音楽との暮らしはいかがでしょう。 今夜の彼女の歌もまたトポフィリになってくれました。

棕櫚の箒と柿渋のちりとり

毎朝、玄関を掃く箒がとりあえずの物でしたので、新年に向けてきちんとした物を買いに行きました。 素材は棕櫚(シュロ)と決めていましたので、すぐに買うことができました。 ちりとりの方は紙製で水に弱いのですが柿渋を塗った物にしました。 毎日、毎朝、箒で玄関を履くのはとても気持ちが清々しくなります。 まして最近のように室内より冷たい空気が流れ込む冬の朝は尚更、気持ちが凛とします。 裸足に下駄を履いて玄関ドアを開け放ち水を撒いてから箒で掃除をします。 ほとんど埃程度ですが、掃いた箒の跡を眺めると、気持ちがそこに残っているようで、 「今日はうまく掃けた」「これは気が入っていない」と見えてくるのも一つの愉しみです。 柿渋のちりとりはドアの向こうの枯葉などを取っています。 ぎゅっと下に押し付けると隙間がなくなりゴミを取りこぼさない仕組みも作り手の知恵なのでしょう。 そんな道具の一つ一つに励まされて続く日課もあるのですね。

千羽鶴

あることが切っ掛けで千羽鶴を折り始めました。 千羽鶴も、鶴を続けて折る日々も初めてのことです。 最初に折り始めていると、想いが浮かびながらすぅーと消えていく、 浮かんでは消えて、また少し浮かんで、と仕舞いには浮かばなくなる瞬間があることを知りました。 次に進めていくと、鶴の折り方によっては綺麗に見える時と見えない時があることを知りました。 100羽を折った時は、まだこれだけなのかと1000羽の遠さを感じましたが それでも、折り続けるのを止めなければいつか1000羽に成る日が来るだろう、そう思いながら淡々と折っていました。 想いが浮かんで消えていくこと、 折り方によって綺麗に見えること、 一羽でも確実に達成に近づいていること、 千羽鶴を折り始めなければ知らないことでした。 そして、不思議なことに時折、奇跡がおきることを体験しました。 また折り進める日々に祈り始めた頃よりも祈りの対象が広くなっていったことも千羽の鶴の力と思います。 ちょうど今日、千羽鶴が1000羽に達成しました。

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